Thad Jones・Mel Lewis & The Jazz Orchestra
DISC LINEUP Vol.12


A TOUCH OF CLASS
タッチオブクラス
Featuring
Recorded Data
1978.10.
Recorded Place
Warszawie (ワルシャワ)
First Sale
1979
Distribution
LP/CD/LD/VHS/DVD
LP/CD
                   CD
WW2402 


A1 Quietude 7:26
A2 Samba Con Get Chu 13:35
A3 Cecilia Is Love 7:06
B1 I Love You 5:57
B2 And I Love You So 7:33
B3 That's Freedom 9:14

Trumpet
Tromborn
Woodwind
Rhythm Section
                                         
Thad Jones
John Mosca
Dick Oatts
Mel Lewis
Larry Moses
Lilly Bienenfeld
Steve Coleman
Jasper Lundgaard
Simo Salminen
Lu Robertson
Robert Rockwell
Jim Mc'Neely
Ron Tooley
Doug Purviance
Rich Perry
Irvin Stokes
Charles Davis

同じくポーランドでのライブ盤<ONE MORE TIME>、ベルリンでのライブ二枚組み<BODY & SOUL>と同時期に共産圏のワルシャワで録音されたアルバムである。サド&メルの最晩年に収録された一枚である。
<ONE MORE TIME>とかなり曲が重複しているが録音状態が明らかに違うので別音源であろう。
演奏旅行中のため演奏者のクレジットには一切の変更は無い。

悲しむべき事にこのアルバムは1976年録音の<THE GREAT CONCERT>と同様に幼稚な録音技術によって見事に歪曲されたと言っても過言ではないほど惨めなアルバムである。
数あるサド&メルライブ盤の中でも録音の悪さでは上位に君臨するお粗末アルバムである。

まず聞き始めた瞬間に違和感を覚える。
左右の音像の左側にピアノ、中央にドラムス、しかしなぜか右側にベースが配置されているのである。
もはやこの状態ではあまりにもリズムセクションがバラバラに聞こえてくる為にアンサンブルの絡みが全く面白くない。ステレオ録音が始まった1950年代後期であれば試行錯誤の意味も理解も出来るのだが70年代後期に至っているにも拘らず担当した録音技師の低レベルの発想とジャズの無理解は悲惨である。
しかもマスターテープの保存が非常に悪くかなりの部分に音飛びがあり安心して音楽に浸ることは不可能である。記録された音楽や音源が貴重な文化的遺産であるという認識が少しでもあればこのような結果には絶対ならないはずである。
さすがJazz後進国が成せる技だ。

録音状態の問題以外にもピアノが調律されていないなど不手際が随所に垣間見る事が出来る。
冒頭の"Quietude"で思わずCDを聞くのを止めようと腰を上げたほど悲惨な状態である。
あろう事かピアノの響きからしてこの場で使っているのは通常コンサートで使われるグランドピアノではなくアップライトピアノではないだろうか?
もしもコンサート会場で Jim Mc'Neelyがアップライトピアノを弾いている光景を目にしたとしたらそれはとても悲しすぎる。

そして仕上げ(マスターリング)面では大きな問題が存在している。
本来の演奏テンポよりかなり早いのではないだろうか?
録音されているピッチがあまりにも揺れているので正確なところ判断できないのだが曲やソリストの紹介をするサド ジョーンズの聞き慣れた声が異常に早くそして高く感じる。
声だけを聞いていると背の高い細身の白人を想像してしまうほどである。
曲が進むにつれてより速くなっているように感じるのは私だけであろうか・・・
やはりベルリンの壁の向こうは深い謎が渦巻いている。

このライブの演奏面に於いてもかなり問題があるように感じてならない。
"Quietude"冒頭のハーモニー(特にSax陣のピッチ)の悪さには冷や汗が吹き出してくる。
豪快に唸りをあげるブラス(Tb、Tp)陣に対して貧弱なサックス陣のアプローチはまるでアマチュアのフルバンを聞く思いである。もちろんライブ録音によるハンディを加味してもその弱々しい印象を拭う事は出来ない。
同時期に録音された<BODY & SOUL>とは別人のような演奏が全曲に渡って貫かれている。
"Samba Con Get Chu"では一貫した緊張感が無いためにメルのソロがとても空々しく聞こえてくる。

唯一このアルバムの価値(救い)として収録されている曲目に見出す事が出来る。
1973年に録音されたJimmy Smith(Org)との共演アルバム<Portugese Soul>に収録された叙情的なアレンジが光る"And I Love You So"である。この曲では若きJim Mc'Neelyによる秀逸なソロプレイが堪能できる。
<PortugeseSoul>はJimmy SmithとThad Jones以外の演奏者クレジットを公にしない契約にてVerveから発表されているために広く知られる事無く意識の片隅に追いやられてしまったアルバムである。

この日のライブ演奏はサド&メル楽団の作品としてはあまり満足できる内容とは言えないのだが"And I Love You So"はサド ジョーンズが残したアレンジの一曲として貴重な資料となるであろう。

サド&メルの晩年である1978年に残されたライブアルバムの数々を聞く限りバンドはあまり良い状態だったとは言い難い。
完璧を誇っていたリズムセクッションが散漫となり、緻密だったホーンセクションのアンサンブルは影を潜めてしまっている。
特にリズムセクションに関してはGeorge Mrazが去ったあとの人選にも問題があったと思われる。

本アルバムはポーランドで収録されているがなぜかイタリアから発売されている。
ご多分に漏れず外貨獲得の為であろう音源売却がここにも粗悪品製造の温床となっている。
サド&メル楽団はまさにこの手の輩に好きなように蝕まれたと言って過言ではない。
音源自体の保存状態の悪さからしても今更CDにして発売するべきではないと感じるアルバムである。


最後に一言…サドもヒドイ奴だけどメルはメチャクチャ執念深い人物だったのだ!

サド ジョーンズはこの1978年10月のツアーを最後に誰にも一言も告げずに忽然とバンド(アメリカ)から姿を消してしまうのである。失踪の原因として広く知られている説としてはサドはなりふり構わず北欧(デンマーク)まで愛人の女性歌手?を追いかけて行ってしまったとある。例え無類の女好きのサド ジョーンズであったとしても今となって当時の活動状況を知る限り愛人説ばかりが真相ではないであろう。

バンドを去る少し以前からサドは12年間走り続けたバンドの終焉を確信していたと思われる。バンドの精度が低くならざる得ない状況、メジャーレーベルとの契約条件、コンサートのプロモーターとの多くの問題がバンドのアレンジャーのみならずマネージメントも担っていたサドの身に重くのしかかっていたのであろう。もしも唐突な愛人説のみがが正しいとすれば1978年以降サドの活動歴はあまりにもお膳立てが良過ぎる感がある。

ところで取り残されたメルは長年苦楽を共にした最愛の友人サドの裏切りに対してサドが亡くなっても許そうとはしなかったのである。サドを終生の友として信じ切っていたメルにとって用意周到 内緒で次の仕事場を準備していたサドの行為を知ったメルの怒りは相当なものだったであろう。
サドは1985年名門カウントベイシーオーケストラの後継者として久しぶりにNY ヴィレッヂバンヴァードを訪れた時メルは冷ややかにあしらっている。
子供のように再会を喜び抱きしめるサドの行動に対してメルの両腕は熊のように大きなサドの体を抱きしめることなくだらりと垂れたままだったのである。
サドが癌で亡くなった葬儀の場でさえも「彼は二度も我々にさよならを言わずに行ってしまった」と悪態をついている。その執念深さの証明としてサドが亡くなった後でさえもサド ジョーンズの真骨頂である名曲(US、Central Park North 他ロックテイストの数々)を封印したまま1990年2月4日に亡くなっている。メルはメラノーマで亡くなる3週間前まで演奏しているがサド ジョーンズの曲は常に必要最小限であったとされている。
早めに見切りを付けて新しい事に目を向けてしまう天才サド ジョーンズと昔気質の職人メルルイスが考える答えが正反対に推移して行くのは自然だったのかも知れない。
サドはメルの考えが自分とはもはや正反対である事を察知し直接メルに別れを切り出せなかったのではないだろうか。

メルが亡くなるまで演奏を続けたメルルイスオーケストラが求めていたサウンドは結局サド ジョーンズの響きだったと私は感じてならない。

2004.3.17.記


Thad Jones & Mel Lewis Orchestra DISC LINEUP

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